禁断の昇天テクニックＥＳⅡとＳＰのの幕の交換

　素材としてのゴム引き布幕のシャッター幕は、手に取ってみると不思議な感触です。これで、カメラのシャッターという硬いイメージの機械部品が出来ると思うと、何か癖になるものを感じるのは私だけなのでしょうか・・・はい、私だけですね。本題にはいりましょう。

　ＳＰとそのバリエーションモデルであるＥＳII などのシャッター幕は、ゴム引きの幕と平ヒモのリボンから構成されていて、リボンのループをスリット金物に引っ掛けて接着してから、折り返しを糸でかがっています。幕とリボン一体の新しいシャッター幕を交換するのが正しい方法です。しかし、ここでは、幕だけを交換して、既存のリボンを撤去しないで流用する方法をご紹介します。主に、ＥＳII の幕交換の話なのですが、ＳＰに関しても説明を補足しています。

　この方法のメリットは、シャッターギアを分解しないで済みます。スリットが傾かないように伸縮性のあるリボンを貼るのは神経を使うところですが、この難しさを回避できます。先幕は位置決め不要で、後幕の位置決めのみですが、そもそもＥＳII では、スローガバナーが無いので後幕の位置決めはＳＰよりシビアではありません。テンションも前のままなので、調整も容易です。

　しかし、良いことだけではありません。この方法は、何度も通用しませんし、テンション調整も手抜きです。正直なところ、結構、下準備に時間も手間もかかりますので、上級者は、頻繁にこんなことやってられないよ、と思われるでしょう。

　ここでは、幕の交換なんてしたことない私のような素人の、お手入れレベルの方法ということで、ご覧頂ください。

　ゴム引き布幕を買ってはみたものの　・・・　ＥＳII やＳＰでは、一台に必要なのは３cm×14cmです　・・・　使い切るのはたいへん。

ＳＰのシャッター幕の巻き上げ軸。ここが関門です。

　１．　前後幕の位置の確認
　　　　旧幕を撤去する前に確認してみてましょう。この場合、後幕をいかに再現して貼るかがポイントであることが判ります。

１.１

後幕は、
・走行前後にきちんとスリット金物がフィルムアパチャーに掛からず隠れる
・スリット金物が、巻き上げきった時に先幕巻き上げ軸にぶつからない程度の位置がよい

　ＥＳII には、スローガバナーが付いていないので関係ありませんが、ＳＰでは、
・１秒などの低速シャッターで、じわーっとフィルムアパチャーの袖に後幕が頭を出してしまうと、画面の幅が36mmになりませんので、
　注意が必要です。（マニュアルでは巻き上げた時、画面から6.3mm離れたところにスリット金物が来るように指示されています）

　これらの関係が正常なら、そっとしておくのが賢明で、幕の位置きちんと位置決めして貼りかえるだけにしたいところです。
　ミラーボックスを外した状態でシャッターをきる方法は現品を見ての通りです。

１.２

先幕は、
・走行前後にきちんとスリット金物がフィルムアパチャーに掛からず隠れること
・スリット金物が、巻き上げきった時に先幕巻き上げ軸にぶつからないこと

　これらの関係が正常なら、既存のリボンを外さずに使えば、この条件は保たれます。
　さらに、前後幕のスリット金物同士の重なり合いは、遮光が充分で、金物同士が引っ掛かったりしない重なり合いであることが必要です。
　（守られてないのが多いようですが、マニュアルでは、金物同士の重なり合いは、0.1mm以内となるよう指示されています）

　２．　旧幕の撤去
　　　　リボンと幕の結束部を外します。

２.１

リボンのループは、ゴム糊でスリット金物に接着されていますので、しばらくアルコールを含んだコットンなどで数分間濡らします。
針先で、ループを浮かせ、ずらしたりして、接着を剥がします。ループの縫い目の糸や、リボンそのものを痛めないよう注意が必要です。
はがれ難かったら、無理をせず、再度アルコールで濡らします。

外れたら、テンションが掛かっているリボン(後幕の場合)または、幕(先幕の場合)は、テンション軸に巻き込まれないようにしておきます。

２.２

幕を外します。後幕は、スリット金物が付いていても、隙間をくぐります。巻きついているドラムから剥がします。

先幕は、テンションが掛かっていますから、成り行きにまかせてドラムに巻きつけて、スリット金物を押し込むと間隙をくぐり、テンションは開放されます。いちおう、何回転したか数えておきます。巻きついた幕をほどいてドラムから剥がします。
このとき、仮おびをガムテープで張って巻き込み、旧幕だけ剥がしてテンションを残すこともひとつの方法です。（この場合でも１回分ほどいてしまうことになります）

２.３

ＥＳII の場合、ボディのフィルムアパチャーの上下に、ゴム引き布の一文字幕(水引き幕)のような幕が貼ってあります。これは、遮光というより、幕やリボンの滑りをよくする目的で貼られているようです。
この一文字幕は、真ん中にミシン糸で縫い目があり、、幕とリボンのガイドにもなっています。
一文字幕のゴムが、膨湿したり収縮したりして、丸まったり、ぐにゃぐなになってくると、シャッター幕の走行の障害になります。
生産時期の違いなのか、ＳＰでは、ボディダイキャストの形が違いますので、こんなもの貼れません。ピンとした状態の一文字幕があるのと無いのでは、高速シャッターの走りが違うかどうかは判然としませんが、いちおうオリジナルを尊重して付けています。

　３．　幕の作成
　　　　交換する幕を作成します。

３.１

スリット金物を再製するのと旧品を再使用するのと、どちらが楽かは、悩ましいところです。
オリジナルの金物は、純アルミではなく合金で真ちゅう並に硬くて剛です。今回は、金属ゴミの発生しない、再使用で行きましょう。

スリット金物の確保ですが、慎重にスリット金物をこじ開けて、古い幕を撤去します。残った糊を清掃し、変形を修正します。
金物をこじ開ける際に、私が使用している道具(恥ずかしいです)を下記「ワンポイント」に挙げておきます。

スリット金物の確保に失敗しても、ホームセンターで売っているアルミ板を使用して再製作することは容易です。

３.２

ゴム引き布幕をカットして、ゴム糊を付けてスリット金物に挟みます。

幕と金物が傾かず直角に付くようにすることに専念します。オリジナルの幕には、そのために治具を用いている形跡があります。
乾くまでに、丸棒(ドライバの軸など)でのして、ペンチやミニ万力などで締めて密着させます。このとき、先端の曲げ部をつぶすと割れが入りますから、最初は先端は避けて密着させるようにします。
いかに、平坦に隙間が出来ないように密着させるかが鍵になります。

ＥＳII 用に作成する幕は、先幕、後幕とも同じサイズです。ＳＰ用の場合は後幕は2mm短く作ります。右図の寸法は私の物差しで測った結果ですのであまり正確でないかも知れません。

　　　　作った幕は、中一日は乾燥を待ちましょう

４．　幕の交換　　　　新しい幕を取り付けます。
４.１	後幕を巻上げ軸に貼ります。撤去した幕が貼ってあったところに貼ります。ドラムを巻き上げ方向に送り、先端を貼り易い位置に出します。糊を付ける前に、ドラムに幕を通します。幕をマスキングテープで養生してゴム糊（Ｇ17）を塗って、ドラムの所定位置から貼って、すこし乾いたところで、必要な回数（１～２回）間隙を通して巻き上げドラムに巻きつけ、圧着します。リーダーテープ（下記「ワンポイント」参照）を貼って貼ることも一方です。隙間を通すには、付箋紙のような耳をスリットに貼りつけて引っ張り出すと容易です。旧幕を撤去する前に確認した条件のフィルムアパチャーを過ぎたところまでしか引っ張り出せないかを確認します。これが、思い通りにできれば、スローガバナーの付いているＳＰなどでも、この方法で幕交換が出来ます。
４.２	先幕をテンション軸に貼ります。こちらも、幕をマスキングテープで養生してゴム糊を塗って、テンション軸に貼って巻きつけます。何回くぐらせてテンションを開放したかを思い出して、同じ回数くぐらせます。不幸にして、回数が判らなくなってしまった場合、仮に３、４回ぐらい巻いておき、４.４の動作確認のところで調整しましょう。仮おびなどを付けてテンションを残しておいた場合は、テンションに逆らわずそのまま仮おびといっしょに巻き込んで、半乾きになったら仮おびを外して、１回通せばＯＫです　・・・　私、不精もんデス (^_^)v
４.３	小１時間、乾燥を待ちます。貼った直後は、多少の修正は可能です。はみ出したゴム糊の撤去も、半乾き状態が容易です。ある程度（どの程度というのが難しいですが）乾いて固まったら、リボンのループを掛けます。リボンの通し方は必ず、点検してください。リボンのループのほつれは、縫い糸で補修したり、折り返しがめくれないようゴム糊で貼っておきます。
４.４	動作を確認します。巻き上げて、各部の動作に問題がないか。Ｂから、各速度での、開閉の動作に異常がないか確認します。アパチャーの袖に金具の頭が出てこないか、金具同士が引っ掛からないかなど、各部を観察します。不幸にして、回数が判らなくなってしまった場合、シャッターを切った時に後幕が追突しない回数に増やします。これが、オリジナルのテンションだったはずです。
４.５	リボンと金具を接着します。問題なければ、４本のリボンともループをずらして、スリット金物にゴム糊を極少量つけて、リボンと金物を接着し、形を整えます。
５．　ミラーボックスの取り付け
５.１	ミラーボックスの取り付けミラーボックスの取り付け前に、ミラーボックスもボディも清掃し、接点復活剤による接点を手入れや、モルトプレンの交換、注油やグリスアップなどしておきます。ミラーボックスを取り付け、ロッキングバーを復旧して、動作を確認します。動作が良ければ、配線をハンダ付けして本復旧します。
６．　テンションの調整
６.１	露光ムラの低減まず、速度を出そうとせずに、露光ムラを無くすことに重点をおきます。後幕のオリジナルテンションを基準にします。オート位置で、曇りガラスの窓や(インバータ点灯の)ライトボックスなどの面光源の前でシャッターを切ります。ＥＳII は電池を入れずにオート位置で、ＳＰは1/1000秒で確認し、先幕のテンションを、加減して光源が均一に見えるようにします。１/４回転とか３/８回転で露光ムラは、解消すると思います。各部の手入れが行き届いているなら、これで、メカニカルシャッターは、ベストだと思いましょう。テンション調整は、これでおしまいです。最初は経時変化もありますので、日を置いてチェックして微調整しましょう。テンション調整用のスクリューのロックビス(赤ペイントされている)は緩め過ぎると、スクリューが抜け落ちますから要注意です。それでも、露光ムラが発生する場合、メカの手入れが必要です。詳細は省略しますが、カムや蹴っ飛ばしの先端は油で湿らせた綿棒で清掃すること効果があります。しかし、幕が走る時に回転する部品へ注油した場合は、当りが出たら、再度分解して拭き取って油っ気がある程度にします。ＥＳII の幕の巻き上げ軸は、樹脂製オイルフリー軸受です。油で濡れていると表面張力で動きが阻害され露光ムラが出ますし、速度も出ません。尚、余談ですが、ＳＰのスローガバナーへの注油は、余韻が止まり難くなるので原則禁止です。
６.２	シャッター速度の確認シャッターの速度をというのでしたら、ＡＦ一眼レフのボディを光源の前に置いて比べてみます。同程度の明るさに見えたらＯＫとしています。可動部や摺動部を手入れし、幕を替えましたが、高速はちょっと明るいかも知れません。テンションを上げる余地はありますが、30年前はこんなものと妥協するのが賢明だと思います。しっかり高速が出ている出来の良いものを確認できたときの喜びはひとしおです。

ワンポイント

ＥＳII なら、後幕を巻き上げ軸に位置決めして手早く貼ることはそんなに難しいことではありません。しかし、ＳＰとなると、スローガバナーとリンクするためのロッドがあって、檻の中に巻き上げ軸があるような状態です。
（はい、棚板を外してこのロッドを外せばいいのです。でも、試してみたんで、紹介させてください）

そこで、右の図のようにリーダーテープを用いることで、所定の開始位置から、曲がらずに、幕を手早く貼ることが、容易にできます。

予め、リーダーを開始位置から、マスキングテープなどの粘着テープで貼っておきます。
（開始位置が判らない場合は、リーダーを１～２回巻いてから、巻き上げアパチャーの位置を書き込みます。ほどいてから、6.3mm寄ったところを金物の位置として幕を乗せて巻き込み、幕と軸と接したところが開始位置です）

開始位置やリーダーに書き込んだ金物位置を頼りに、幕の糊しろにゴム糊を付けた幕をのせて、一緒に巻き込みます。

リーダーは、幅30mmにして長めに作っておき、下部のギアを回して巻き込んで、リーダを引っ張ると幕は軸に貼りつきます。ある程度、乾いたらリーダーとゴム引き面のマスキングテープを撤去し、幕を２回通して軸に巻きつけて完了です。

笑ってください。試行錯誤の末にたどり着いた、反則テクニックです　(*^_^*)

リボンを外したら、テンションが掛かっているリボン(後幕の場合)または、幕(先幕の場合)をどうするか。
リボンは３cmに切ったストローを挟んで、ビニバンを通しています。幕には仮おびをガムテープで張って巻き込んでいます。

端は、マスキングテープで止めて、作業の邪魔にならないようにしています。

この写真は、ＳＰのもので、セルフタイマーとガバナを外して作業しています。巻き上げ軸側には、リーダーを付けて、準備が整った状態です。

こんな、かったるいこと出来ないよと笑ってください。反則テクニックですから上級者は使っちゃダメですよ　(*^.^*)

先幕のリボンの巻き上げ軸ですが、矢印のビスに注目してください。

上のビスを外すと、軸は上に、下のビスを外すと、軸は下にずらすことが出来ます。

テンションを掛けていない状態なら、棚板の下のギアの噛み合い(見にくい所なんですが)をずらすことが可能です。

先幕のスリット位置が不満足という場合に、組み立て状態で調節することが出来ます。ＳＰ用のリボン付きの幕を買ってという場合も、ここでご紹介したテクで貼ることが出来るはずですが、リボンはこの方法で調整することが必要になるでしょう。

後幕はどうかというと、同じような状況なのですが、上側のビスの脱着がちょっと大変ですのでお勧めできません。

実は、幕とリボンは別々に交換すると楽ちんです。蛇足テクです　(^^ゞ

電磁石、セルフタイマ、幕とリボンを撤去してお見せします
実は　・・・　部品取りした残骸のＥＳII です。

何を、どう使うのかと云われても困るんですが、私が幕(だけ)の交換に使用する道具です。必ず使うものもあれば、そうでないものもあります。道具は、ご自身の好みやスキルと相談して用意してください。

あくまでも参考ですが、上が、作業台となるカッターマット(ダ)と木片、マスキングテープ。
ピンセットは先が曲がっていると狭隘部で使いやすいです。丸棒は、スリット金物をのすのに使います。歯石取りピック(ダ)や丸頭の鉄筆、はさみに、お好み焼きのミニ起こし金((ダ) 先端はちょっと砥いであります)、先細プライア(ダ)のつかみは平坦です。差し金やカッター、定規はノーマルなものです。
中央のカルコ（針)は、水糸を貼るのに使うのが正しい用途ですが、プラモデルのスジ彫りやリベット跡を付けるのに便利な道具です。スリット金物を開く際に最初に使います。
ここで使ったリーダーや仮おびは消耗品です。あと、ここに、ミニ万力を並べるのを忘れました。

さらに、ほどけたリボンを縫い直す道具がないですね。針と先曲がりピンセット。針をつかむピンセットは、先端の滑り止めがダイアモンドチップなんですよ　・・・　なんて、私が持ってるわけないですね。

道具を公開するのは、正直、恥ずかしいです。自分が不器用なのがバレちゃいますし、立派な道具を持っていないからです。それに、自分の好みを押し付けていると受けとられるのは不本意だからです。

と、云い訳しつつしっかりと　・・・　(^^ゞ

(ダ) ：百円ショップで買ったものです

退蔵されたＳＰのバリエーションモデルのミラーアップ発生の対策として、このギアに注油することを紹介しましたが、うまく行かない場合があります。
後幕の負荷が大きくなってしまった場合です。この原因が、幕そのもの巻き癖や硬化・変形である場合は、幕に大カビが発生していたりと、見るだけで判ります。
ＥＳII の場合、幕が一見してキレイな場合ですが、２.３で記載した一文字幕がカールしていたりする場合があります。
幕を変えるときは、ここは、ぜひ手入れを忘れないで下さい。

高速域だけでミラーアップするのは、遅い先幕に後幕がぶつかっているからす。Ｂなら、ミラーが復元するので、判別できます。先幕のテンションが１回足りないのではないでしょうか。
これは、ちょっと関係する話です　(^_^)