シャッター幕の交換

 

 35mm判一眼レフにおいては、メタルシャッターの進歩により、K1000とともに布幕シャッターは過去のものとなり、もはや、古い機種の維持だけしか需要はありません。しかし、劣った存在の布幕シャッターに何かメルヘンのようなものを感じるのは私だけなのでしょうか ・ ・ ・ そんな思い入れはさておき、本題にはいりましょう。


 APやKの(おそらくSも)オリジナルの幕は、ゴム引きの幕とリボンは別々で、スリット金物の結束部がちょっと複雑で厚みが増してしまうのが難点です。幕とリボンを一体裁断すると、シンプルなスリット金物で済みますし、シャッターが引っ掛かりにくくなりスムースに走ります。今回は、幕の素材に無駄は生じますが、一体型のシャッター幕を作りました。

 今回のシャッター幕作成と交換に関しては、ニマントさんのホームページ「ニマント工房とニマント流」を参考にさせて頂きました。ここでは、なるべく記載内容が重複しないよう説明しておりますので、まずは、ニマントさんのページをご参照ください。
残念ながらリンク切れとなっています。ニマントさんご提案の一体型のシャッター幕は、幕とリボンを一体で切り抜いて作るという、贅沢ではありますが、作り易くて、走行の障害リスクとなるリベットがないのが特徴でした。

 幕を交換する方法は大別してふたつあります。

 テンションの調整だけで済ますなら、ちょっと幕を短めにして、幕の位置きちんと位置決めして貼ります。この方法は以外と熟練が要りますが、S2以降のモデルでは、シャッターのギアメカニズムは複雑で、後の組み立てや調整を考えると、この方法で手早に済ませたいところです。
 もうひとつは、ギアメカニズムも分解してしまい、所定の長さの幕をおよそのところで貼ってしまって、幕の位置を合わせて所定のギアの状態で組み立てて、テンションの調整をする。APやKなら(Sも)シャッターのギアメカニズムはきわめて単純ですから、こちらの方法でも容易です。

 ここでは、後者の方法とはいえ、工夫してなるべくギアを撤去したりしないで、確実に作業を進める方法をご紹介します。
APとKのシャッターのギアメカニズムは、観察するだけでそれぞれのパーツの働きが理解できます。巻き上げた状態と開放した時に、上部と底部のギアやレバーの状態がどうあるべきかが判りますので、よく観察しましょう。





1. ギア位置の確認
   旧幕がリボン切れなどせずに残っている場合は、旧幕を撤去する前に確認してみてましょう。

1.1 後幕に関連するギア位置を確認します。
後幕は、
・ 走行前後にきちんとスリット金物がフィルムアパチャーに掛からず隠れる
・ スリット金物が、巻き上げきった時に先幕巻き上げ軸にぶつからない程度の位置がよい
ことが必要で、(3)と(4)のギアが噛み合っている位置関係で決まります。


さらに、底部の(5)と(6)のギアが噛み合っている位置関係、ガバナのレバーと(6)のギアの裏側の突起との当たり具合もたいへん重要です。(6)のギアの裏側の突起は、後幕の走行が終わるとミラーを復元させるレバーを蹴っとばす役目もしています
これらが、不適切だと
・ まず、ミラーの昇降が正しく出来なくなります
・ 1秒などの低速シャッターで、じわーっとフィルムアパチャーの袖に後幕が頭を出してしまうと、画面の幅が36mmになり
  ません
・ このレバーとミラーの昇降レバーが当たってしまうと、巻き上げのときミラーが固定されません
などの不都合の要因となります。

 
巻上げ前      巻上げ後

これらの機構の関係が正常なら、そっとしておくのが賢明で、幕の位置きちんと位置決めして貼りかえるだけにしたいところです。

1.2 先幕に関連するギア位置を確認します。
先幕は、
・ 走行前後にきちんとスリット金物がフィルムアパチャーに掛からず隠れる
・ スリット金物が、巻き上げきった時に先幕巻き上げ軸にぶつからない
・ 後幕と先幕のスリット金物が完全に重なりあってはいけない
・ スリット金物が、走った時にシンクロ接点をたたいて止まる
ことがが必要で、(1)と(2)のギアが噛み合っている位置関係で決まります。
さらに、前後幕のスリット同士の重なり合いも重要で、遮光が充分で、スリット同士が引っ掛かったりしない重なり合い(巻き上げ前1mm弱、巻き上げると2mmぐらい)であることが必要です。

ミラーボックスを取り付けると、幕の走路は若干変わりますので、多少余裕を見ておく必要があります。いずれにしろ、幕を貼り換えた後になじむと歯車ひとつ分ぐらい調整したくなりますので、APやKでは、曲がらない、弛まないことに専念して貼ってよいと思います。


2. 幕の交換
   古い幕の撤去に関しては省略して幕を貼るところからご紹介致します。

2.1 後幕を巻上げ軸に貼ります。
作った幕のスリットで開放時の位置を決めて、巻き上げ軸のどこから貼りはじめればよいかを決めます。両面テープで仮付けして納得できる位置を決定しておけば、比較的ぴったり決まります。幕をマスキングテープで養生してゴム糊(G17)を塗って、手早く貼ります。

2.2 先幕を巻上げ軸に貼ります。
こちらは、短めのリボンにしても位置決めして貼るのは作業性が悪いので、後でギアを調整することにして貼ってしまいます。先に貼った後幕を汚さぬよう、剥離紙で養生して、リボンにゴム糊で塗って、スリットが傾いて走行しないようにすることだけに専念して2本のリボンを巻き上げ軸にゴム糊で貼ります。

2.3 乾燥を待ちます。
貼った直後は、多少の修正は可能です。はみ出したゴム糊の撤去も、半乾き状態が容易です。
ある程度(どの程度というのが難しいですが)乾いて固まったら、オモリで均一にテンションをかけたまま、1日乾燥します。写真のオモリは、紙クリップを使っています。ゴム糊が乾燥とともに収縮して、幕がしわにならないようにするため、このような状態で1日乾燥します。もちろん、均一に糊が付いているという自信があれば、こんなことは不要です。


2.4
  a.

ギアの位置決めします。
先幕の巻上げ軸のギア調整
この、調整は、開放状態でテンションを開放して行います。
まず、噛み合っている場所が後で判るように(1)のギア上にペイントを付けます。次に、ちょっと巻き上げて、先幕が開放時にあるべき位置に持ってゆきます。(1)と(2)のギアの噛み合っている場所の(2)のギア上にペイントなどでマーク付けます。
ストッパーの位置も重要ですのでボディ側にケガキ線を入れておきます。
ここからは、復旧が終わるまで、スピル・ギアは絶対に微動だにさせないよう注意が必要です。シャッターダイアルの基部とストッパーを外して、(1)のギアを浮かして(2)のギアを送って、このマークをあわせます。


 b.

後幕の巻上げ軸のギア調整
後幕がきちんと貼れていれば確認のみで済みますが、ずれてしまった場合の対応を簡単に紹介します。

この、調整も開放状態でテンションを開放して行うことは同様です。スローのダイアルは、1/30にして、底部のガバナとギアの連携を外します。スピル・ギアの位置をきちんと記録しながら分解します。
シャッターダイアルの基部とストッパーを外して、(1)と(3)のギアを浮かして、(4)のギアを送って、幕の位置を望みの位置に合わせます。これらのギアを、逆の手順で元の位置に戻します。
(4)のギアを動かすと、その分だけ底部の(6)のギアが動きますので、これを浮かして元に戻します。
必要に応じて、ギアの突起にガバナのレバーと接するようガバナを動かして位置を仮合わせます。この位置は、低速シャッターの具合に応じて、後で再び微調整します。

スピル・ギアの位置が満足でないと、組み立ててから巻き上げてもレリーズボタンが押せなくなったり、シャッターのチャージが不調になったりします。スピル・ギアの適正位置を探すことも出来ますが、フィルムカウンタやフィルム巻き上げのフリクッションなども関係して話が長くなるので割愛します。操作感にたいへん重要なところで、機会があったら研究してみてください。

もともと決められた位置にしか組みたてることができないようになっていれば、生産性がよく修理も楽なのですが、このKように、そこそこ動いても、操作感の上でまだ調整の余地があるというのは、趣味のカメラ修理としては面白いところだと思います。

2.5 前後幕をテンション軸(バネ筒)に貼ります。
糊しろ分を残してマスキングテープで養生してゴム糊を塗って、手早く貼ります。この時のポイントは、垂直なスリットが出来て、幕が縁にこすったりしないよう平行に走るように貼ることです。軸にテンションをかけると軸はせり上がりますから、軸の真ん中から振り分けて貼るのではなく、下いっぱいといった位置になると思います。
ある程度乾いたら、軸をボディに取り付けて、少しテンションをかけて小1時間、その後、巻き上げ状態で翌日まで乾燥させます。


3. 動作確認とミラーボックスの取り付け

3.1 動作確認
ミラーボックスを付ける前に、適当なテンションで、シャッターを切って各速度での動作確認をします。ギアの動きやフィルムアパチャーの袖に頭が出てこないかなど、各部を観察します。このとき、ガバナの取り付けビスを緩め、位置をずらして、スローの効き具合を調節します。

3.2 ミラーボックスの取り付け
ミラーボックスの取り付け前に、ミラーボックスの接点を接点復活剤で手入れします。Kはうっすらと金メッキしてあり酸化皮膜の形成はないでしょうが、汚れの清掃は必要だと思います。
特に、先幕に接するシンクロ接点はスリット金物に引っ掛かると大変ですから、変形を点検して必要なら修正します。幕速への影響とシンクロ不良のリスクのどちらを重視するか悩むところです。


4. テンションの調整

4.1 露光ムラの低減
私は、まず、速度を出そうとせずに、露光ムラを無くすことに重点をおきます。
最初に、先幕を早め、後幕を遅めのテンションにします。最高速で、曇りガラスの窓や(インバータ点灯の)ライトボックスなどの面光源の前で高速シャッターを切ります。後幕のテンションを、少しずつ上げます。補助的に、先幕のテンションを下げることで、光源が均一に見えるようにします。
テンション調整は、これでおしまいです。速度を変えてみると、もっともらしく明るさが変わるはずです。そうです、テンションの調整であって、シャッター速度の調整ではありません。最初は経時変化もありますので、日を置いてチェックして微調整しましょう。

4.2 シャッター速度の精度
どうしても、高速シャッターの速度をというのでしたら、AF一眼レフのボディを光源の前に置いて比べてみます。同程度の明るさに見えたらOKとしています。
テンションを強めすぎると、気難しい巻上げや、レリーズになり、操作感がたいへん悪くなります。最悪は、リボン切れやテンション軸の中のスプリングの伸びとかの障害が発生します。リボン切れは幕を作り直せばよいのですが、テンション軸はおしまいですから、欲張らないようにしています。

ォーカルプレーンシャッターの原理は、前後幕のスリットを一定速度で走らせることで成立します。しかしながら、布幕フォーカルプレーンシャッターでは、最初から最後まで同じ速度で幕が走る訳ではありません。露光ムラが目立たないよう、一定に近い幕速で走ってくれるか、幕速に応じて前後幕のスリット幅が変わりながら走ってくれるよう努力します。
従って、テンションが弱すぎたり、走行に障害があると、幕速の変化が顕著になり露光ムラが発生します。露光ムラの克服とともに、高速域を復調させるのは、走行の障害を低減して、小さなテンションでスムースに走行するようにすることつきます。

高速域はオマケで、試写して露光ムラが目立たなければ上首尾と思いましょう。
幕を小さなテンションでスムースに走行させるといっても、個々のケースで状況はまちまちになると思いますので、決め手に欠けていることは、最初の「つぶやき」に言い訳した通りです。
今回のKは、根気よく調整することで、幸いにも1/1000秒も実用上は問題ない速度になりました。実は、3回目の試写の結果がだめだったら、諦めてもらおうかと思っていました (*^_^*)v